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音は人なり、文は人なり [二胡]

ホッチキスは常々、「二胡の音色にはその人の人間性が表れる」と思っており、
繊細で控えめな人間からはどう逆立ちしてもドギツい音は出て来ないと信じているのですが。

「でも音色って、楽器で随分変わるじゃない?」…と仰る向きもあるかと思いますが、
そもそもその楽器を選んでいるのは大抵の場合弾き手本人であり、楽器選びの段階から
もう性格が反映されているのです。

大きくハッキリ鳴る二胡が好きな人は、性格的に「自分が前に出たい人」である確率が

非常に高い。弾き方もダイナミックで、ともすれば「力まかせ」になりがちなのも
このタイプで、まず「自分」というものを第一に考えている人が多い印象です。

統計取ったことはないですが、具体例はいろいろ思い浮かぶ。

 

逆に、ふわ~っとした音の二胡が好きな人は、性格的にも「弱い」って感じで、
周囲との調和を重んじるあまりふわふわ~っとヒトに流され、自分を見失い、
何だか知らん自信がなく、運弓も縮こまって小さくなりがちで、半分くらいしか
弓使えてねーぞ!?…と、見ている人に思われてしまう。
そんなタイプが多いと思うのです。

まあ、大多数のニコラーはそこまで極端ではないと思いますが、性格というものは
必ずや音色に表れる、と。
ワタクシはそう思うのですが、アナタどう思われますか?


で。音色と同様に、文章にもその人の人となりが表れると、私は信じています。
個人が特段の制約もない中で書いているブログ記事やSNSの記事は、特に顕著に人柄が出る。
どのような文章を書く人間がどのような性格であるか、ホッチキスが個人的に
気になるものをまとめてみました。

1. ポエム調の文章
いつぞやも書きましたが、ポエムな表現を多用し状況説明的記述に欠ける人は、
地に足がついていません。現実世界にしっかりと立つ足場がないため不安定で、
それがために人の気持ちや立場を慮る余裕がありません。
自分の内面ばかりに目がいっている人です。

2. 文末に「…」を多用する
この三点リーダーをしょっちゅう文末に付けてしまう人は、自分の言動に責任を
取りたくない小狡い人物です。
ハッキリと言い切るのを避けることによって、「文責」を負うことを回避し、
言いたいことを読み手に汲み取らせる。小狡いっスよね。
あなたの職場にもおりませんか?
何かの仕事を頼んだ時に、「あ、今この書類を作成中で……」と文の途中で
ため息のように言葉をフェイドアウトさせるヤツが。
酷いのになると「あ…今……」などと肝心なことを何も言わずして仕事を
回避しようとしたり。
断るなら断るで、「今は書類作成中なのでできません」まで言い切るべきです。
それでこそ、「2時間後なら手が空くので、その時ではどうでしょうか」という、
仕事への責任感ある一言が出ようというものです。
文章に「…」を多用する人は「私、気が弱いから…。キツく言い切るのは苦手で…」
などと自分では思っているかもしれませんが、それは「気が弱い」んではなく
「覚悟と責任感がなくて小狡い」ってことです。お間違えのないように。

3. 文末に「~」を多用する
これは少し注釈が必要なのですが、
「今日の演奏会、とっても素晴らしかったです~!」
みたいな、楽しいことや感動を表現するための「~」とは異なります。
自慢話やウンチク語りや謙遜のあとにつける「~」です。
例を挙げてみましょう。
「音程は取れていて当たり前のことですから~」「◯◯先生も弦は牡丹を
使っているようです~」「二胡は本当に難しい楽器ですから~ まだまだ
足りないところ満載の私~」
…うん、例文とは言え書いていてかなり気色が悪いです。
自慢の後に「~」を付けるのは、高慢な雰囲気を消そうとしてのことでしょう。
そんなことをしても元々の人間性が高慢であるのは疑いようがないのですが、
「あの人、偉そうでイヤな感じ」だとは思われたくないのですね。
そもそも、高慢ちきだと思われたくなければ自慢めいたことは書かなければ良いのですが、
「音程は取れていて当たり前な腕を持つ自分であることを知ってほしい、
スゴい人だと思ってほしい、だけどイヤな感じの人だとは思われたくない」…という
アンビバレントな欲求を持つため、文末に気持ちの悪い「~」がつくのです。
ウンチクも同様で、「◯◯先生の使用弦の種類まで把握している、情報通で勉強熱心な
自分であると知ってほしい、でも偉そうなウンチク垂れだとは思われたくない」という
気持ちが「~」に凝縮されています。
これを付けるとフレンドリーな雰囲気が出せると思っているのでしょうが、
残念ながら気持ち悪いだけです。
謙遜の最後についている「~」などは気持ち悪いを通り越してムカッ腹が立つというか。
「 “二胡は本当に難しい、自分はまだまだだ”と普通に書いてしまったら、
音階もロクに弾けない連中の “二胡って本当に難しい!”というセリフと同一視されて
しまうおそれがある。自分はまだまだアピールで向上心溢れるところを見せたいけれど、
ヘタクソだとは絶対に思われたくない」という気持ちが、付ける必要のない「~」を
付けさせてしまうのです。
本当に心から「まだまだだ」と思っている人は、「~」という文末表現を選びません。
「反省してま~す」と、語尾に余計な「~」を付けてしまったがために国民から総スカンを
食ってしまったスノーボーダーがおりましたが、つまり「~」は「シリアスな気持ちなど
カケラもない」ということが非常によく分かる文末表現だということです。
えー、長くなってしまいましたが、一言でまとめると、文末に「~」を多用する人は
「気持ち悪い人」です。

4. 誤字脱字が多い
誤字脱字だらけの文章を書く人は、ガチで頭が悪くて言葉を知らない、日本語能力が
不自由であるという可能性もあるのですが。
ワタクシ思うに、「傍若無人で厚顔無恥なオレ様タイプ」の人がこうした文章を書くのでは
ないでしょうか。…つーか、「書く!」と断言して良いほど確率高いと思います。
まず、誤字や脱字は見直ししないことから起こりますが、見直ししないのは「自分が
分かっているからそれでいい」という気持ちの表れです。読み手のことは考えていない。
要するにジャイアンリサイタルと一緒です。自分が気持ち良く歌えたらそれでいい…的な。
「文章を書く」という行為は、相手あってこそです。
それなのに、なぜ読み手に対する最低限の礼儀を欠くかと言えば、やっぱり
「自分が」見直すの面倒くさいとか「自分が」分かっているからとか、「自分の都合」を
優先させているからです。そういう意味で「オレ様」であることはまず間違いない。
あとですね。
私はブログを書くときかなり誤字脱字には気をつけているのですが、それは
「読み手に伝わりやすいように」という気持ち以上に「ヘンなこと書いたらヒトに
阿呆と思われるであろうし、自分も恥ずかしい」という羞恥心のためだったりします。
大体ね、この暴走二胡ブログ「ボンゴレ・ビアンゴ」の「ゴ」がもう恥ずかしいじゃないですか。
これは私がガチで物知らずで、ビアンコをビアンゴだと思い込んでいたために生じたミス
なのですが、間違いに気づいた時はもうブログ開設からそこそこ月日が経過しており、
直すに直せなかったのです。
なるべく考えまい、考えまいとしていますが本当は恥ずかしい。今でも恥ずかしい。
せめて恥の上塗りだけは避けようと、誤字脱字がないよう気をつけて書いている次第です。
誤字を繰り返す人は「恥」という概念が希薄なのでしょう。
ミスしても恥ずかしくない…という人は、自分では「私は細かいこと気にしない大らかで
さっぱりした性格だから♪」と思っているかもしれませんが、
実際は「他者目線に立つ能力に欠けた厚顔無恥なオレ様」っつーことで、
これまたお間違えのないように。
(※ しかし、このタイプの人はオレ様だけあってヒトの言うこと聞きませんから、
恐らく一生治りません。個人的に、一番一緒に仕事したくないタイプです。
自分の都合で仕事進めてヒトの意見は聞かず、見直しも疎かで細かいミスを連発しても
悪びれない…とか、かなり壊滅的に使えないヤツです)

⒌ 簡潔明瞭で文末に変な記号がつかない達意の文章
こうした文が書ける人は、当たり前ですが頭脳明晰です。そして仕事ができます。
あなたが「あの人の文は分かりやすくて上手いな」と思うブロガーを
思い浮かべてみてください。かなり高い確率で仕事が出来る人間のはずです。
ホッチキスは、有名ブロガーではフミコフミオさんの文章が好きですが、
あの方は非常に有能な仕事人であることが記事内容から推測されます。


そんな感じで。
音色や文章といった“表現”にはその人の“人間性”がにじみ出るものだと。
ホッチキスはそう考えているのですが、あなたはどう思いますでしょうか。


タグ:二胡
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